2014/07/21

トルコで出会ったイスラム教




スレイマニエ・モスク。観光名所モスクのひとつ。


1日5回あるという礼拝にも野次馬根性で見に行きました。

女子はこれ、ヒシャブ。かぶらないと入れてくれないんです。既に怪しげ。

アザーンという呼び掛け(仏教でいうお経、みたいなもの)が始まると、市内全体のモスク中のスピーカーが呼応するようにアッラーフ、アッラーフと響きます。

街中に多数あるモスクが全て、ほぼ同時に始めるので、

「あ、礼拝の時間だ」

と、街のどこにいていも分かります。英語では『プレアコール』(Prayer Call)と呼ばれていました。夜明け時から日没までの間に5回、このプレアコールは鳴り響きます。

ニューモスク。とはいえ完成は1665年
観光客向けというより地元民が熱心にお祈りしています。




プレアコールの全体放送は、5時の鐘のような感じです。海のアナウンスにもちょっと似てもいます。緊急放送にも使われるんだろうか、などと考えてしまいました。

モスクに入る前のお清めの場。
モスクの中は、結構ふかふかの絨毯、その上を靴なしで歩きます。お寺の中を歩くときのような静粛さがあります。この辺りの「決まり事」は、キリスト教より仏教に近くて、なんとなく親しみを感じてしまいます。

ニューモスクの中。手前のはしごには「ツーリストはここまで」のサイン。
イスラム教の原理主義的なエクストリーム派への先入観や男子優位の文化、自分の911事件当時のアメリカでの経験など、イスラム教に対するポジティブなイメージはあまりないだけに、モスクに入るのはちょっとびくびくだったが、実際モスクの中はかなり平和的。お寺や神社みたいなもの。ニューモスクのとなりにグランバザールがあるけど、そこの店員さんたちも時々となりのニューモスクにお祈りに来るのかしら? どうみても1日5回お祈りしている人達には見えない。。。

ニュートルコ人、オガンやその他のたちとの話も思い出しながら、トルコのイスラム教って、かなりイージーに守られているんだなぁと実感。



2014/07/07

別府は温泉


ヨーロッパから帰って間もないが、今日は別府に出張。

大分空港には、
日本ーのおんせん県
というのれんが。

空港にかかっていたのぼり



別府の観光地図を見ながら、食堂の店長さんが別府の温泉帯について説明してくれる。

「この道路から海側は80度ぐらいのお湯が出ますが、山側はもっと熱く蒸気なんです」

ほんとだ。地図には山側に『地獄』なるスポットがいっぱい。

「人口10万ぐらいなのに、温泉の数は200以上あるんですよ。入湯料は安いし入りホーダイにマンスリーパスもありますから、家に風呂がない人もいますよ」

別府で暮らしたい〜

観光バス案内場では『色とりどりの地獄めぐりバスツアー』を紹介している。
海沿いの公園に公共浴場、山側には砂湯のある市営浴場、がフツーに地図にのっていて、
どこでも温泉

街の風景は。。この日は台風が近づいている影響で、どんより空。こういう日は霧でガスってしまい、湿度も高いので、街は「湯けむりと霧の町」になります。



本日お邪魔したお宅は、自慢の温泉風呂を見せて頂いた。

うん、ちょうどいい温度

乳白色の温泉

広い!10人はいっぺんに入れます。
今は、料理屋を営む奥様と二人暮らし、孫たちが時々来るよ、とおっしゃってました。
数ヶ月イソウロウしたい。。。

2014/06/29

飛んでイスタンブール♩

飛んでイスタンブール♩ 飛んで来ました、イスタンブール。
(なんのことかわからない人は、後半のwiki引用をご覧ください。日本の近代の音楽史の勉強にもなります)

パムッカレから一夜明けて、イスタンブールの旧市街です。
まずは行くべき観光スポットの写真をアップ。


トプカプ宮殿




トプカプ宮殿、広くて色々な部屋があります。何しろ宮殿だから


本当は目玉のひとつ、ブルーモスク

「改装中」とのことで、パノラマレストランからのビューだけです。。。

こちらもポピュラーなモスク、アヤソフィア



「半分改装中」。。。なんてこったい


地下宮殿
これは素晴らしいです。一見の価値アリ

全部地下の建造物。1000年以上前に建築されました。
水の中には、魚が!

人類ってすごい。。

国立考古学博物館も改装中。。。。



展示物ではないかと思われるものの一部が屋外に放置?



改装中、って許せない気もするけど、そもそも何百年前の建物をちゃーんと修復して残しているところが偉いので、許す。

グランバザールは翌日に訪れることにしました。


(引用参考)
1978年の「飛んでイスタンブール」に関するwiki引用

庄野の代表曲として知られており、シングル売上は60万枚を超える(80万枚とも)。(中略)1978年当時は昭和50年代に入ってからの円高も手伝い、日本人にとって海外旅行がようやく身近なものになっていた(若い日本人女性が海外に出始めた時期がこの頃である)
(中略) 
本作は失恋した女性のセンチメンタル・ジャーニーを描いた歌だが、歌詞の中にはトルコの最大の都市であるイスタンブールとは、地理学上全く無関係な「砂漠」が登場している。庄野は、ヒットから2年後の1980年にイスタンブールを初めて訪れたが、歌にある砂漠のエキゾチックなイメージと実際のトルコの風景がまったく違うことを知り、その時の様子を、
「ギリシアから長距離バスで到着したイスタンブールは、なんと、雪が舞っていた。しかも湿度が高い。今のようにインターネットで情報を収集して出かける時代ではなかったし、"エキゾチック"と"雪"は全くマッチしないから、この気候には驚いた」
と述べている。

本作の大ヒットにより日本におけるイスタンブールの知名度は飛躍的に上がり、日本人にとって「トルコといえば『飛んでイスタンブール』」と云われるほどトルコで一番有名な都市、地名となった。[要出典]

発表当時は日本からイスタンブールへの直行便はなかったが、1989年に日本 – トルコ間にトルコ航空便が就航(現在、成田国際空港および関西国際空港 – イスタンブール・アタテュルク国際空港間を運航)した。





2014/06/24

パリの散歩道、カフェ巡り


パリにはカフェが星の数ほどあります。



カフェ、バー、ブラッセリー、レストランなどと、呼び名も様々、メニューもいろいろですが、共通なのは、「歩道にテラス席があること」。1列しか作れなくても無理矢理作ります。


歩道のあちら側にもテラスを作っちゃいます
ソルボンヌ大学そばのカフェ

6月は日も高く夜9時に日没ということもあり、
「ディナータイム 20時から。それまではハッピーアワー
ということで、日本のハッピーアワーより遅い時間まで安く飲み食い出来ます。

ワインチーズカフェ、ここでハッピーアワー

日本では、歩道がそもそも狭いとか、雨が多いとか、そんな理由でなかなかここまで「デフォルトでテラス有り」なカフェを集めることは難しいですが、ヒューマンウォッチもでき、何はともあれとても気持ちがよいので、私は大好きです。

サンクレール寺院の帰りのブラブラで通ったストリート
20時前でこのぐらい日が高いのです

日が沈む頃には、いい感じの黄昏になります




以外と日本語と仏語の発音は近い?『サンジェルマン』 "Saint Garmaine" pronunciation



日本でサンジェルマンと言えばパン屋さんが有名ですが、アメリカ人に発音させたら「セイン・ジェメイン」と発音してました。フランス語では「サン・ジェホマン」みたいな発音に聞こえます。

こうやって、ランゲージが違うと発音が違うって、通じない英語発音で有名なマクドナルドみたいですね。

「セイン・ジェメイン(英語)」「サンジェルマン(日本語)」= Saint Germaine「サン・ジェホマン(仏語)」
「マッダーナル(英語)」「マクドナルド(日本語)」=McDonald 「マクドナルド(仏語」ええ? グーグル翻訳先生にマクドナルドをフランス語発音させると、以外にも日本語に近いですね。

街で人に道を聞くとき、「サンジェルマン!」「セイン・ジェメイン!」と一生懸命叫んでもフランス人には通じなかったです。。。


フランスのMITと呼ばれる Bassin-école de l'école polytechnique, エコール・ポリテクニーク、サンジェルマン通りから少し入ったところにあります。ソルボンヌ大学もすぐそば。

エコール・ポリテクニークの目の前にあるワインバー。ニューヨーク育ち、パリ在住の女の子ウエイトレスがワインを運んでくれました。

(ニューヨーク出身者)「ニューヨークのアクセントだから、すぐにわかったよ」
(ウエイトレスの女の子)「えー、でもフランスに来てから少しなまっちゃって、この前『カナダ人?』と聞かれてしまったの。ショックだわ〜」
(Keiko)「まあまあ(苦笑い)、カナダを差別しちゃダメよ」

カナダ人はのんびりしていてレイドバックな調子。フランス語と英語が公用語なのだが、パリジャンとニューヨーカーから小馬鹿にされることはよくあります。

サウスパークのエピソードにも『Blame Canada』(ブレイム・カナダ)というカナダをちょいと小馬鹿にしたエピソードがあります。初めて観たとき
「へー、カナダって、そういうふうに思われてるんだ」
と関心したものです。そういう意味でアメリカ人のカナダに対する一般的なイメージの勉強になるおすすめなエピソードです。

ただし! 実は『切れ味のいい綺麗な英語を話す』と評判のアメリカのニュースキャスターの中には、カナダ出身者が多いとか。結局はできあがったイメージなのかもしれませんね。

2014/06/21

シシリア島、車窓から

シチリア島は、イタリアの一部でありながら、歴史上様々な制圧者がいて、町によって異なる風景が展開されます。

wiki はこちら→ シチリア島

が、基本は石でできたピアッザ(Piazza)が町の中心にあり、そこにチャーチがあり、テラスのレストランがあって、、、という基本は共通ですが、国道を走ると、あまり木のない小高い丘、オリーブとグレープばかりです。

Sleepy laid back town. (ゆったりした田舎町)という感じです。


こんな風景が続きます

イタリアの道では、対向車がいても全く平気でピューっと対向車線に入って抜かします。日本だったらバッシングされて警笛を鳴らされそうですが、ここでは誰も気にしません。

車窓(電車じゃなくレンタカーの)風景オリーブの木がほとんど雑木と思えるほど、道ばたにも、畑にも、公園にもどこにもあります。時々見かける、整然とした並び方で植わっているのがグレープ。

遠くにイオニア海が見えます

2000年以上前から穀物をはじめとする農作物の生産地で、なかでもオリーブワインが特産品である。(出典:Wikipedia)

ですよねー。他の農作物をまだ見てません。こんどシチリア島にくるときは、アグリツアーに参加してみよう。

高い山はなく地中海はとてもきれいで、日差しはとても強いです。
伊豆半島の日差しの強さを彷彿させます。みかんとか植えてみたら、繁殖しそうです。

雑木に見えますが、多くはオリーブの木


イタリアで駐禁!

要塞都市エーリチェ(Erice)から、トラーパニ(Trapani)を経由して、海の道を進んでカターニャ(Catania)に向かう。長旅である。

途中、アグリジェント(Agrigento)で、『神殿の谷の遺跡』に立ち寄って観光写真とジェラート、とすることにした。
バスが人を運んでくるタイプの観光地。一般の車の駐車場が見つからない。
「大丈夫だよ。イタリアだよ!日本みたいにちょっと置いたからすぐに駐禁、はないって」
と言うので、仕方ない、10分だけ、と思って車をおき、遺跡を見に行く。
日本の駐禁トラウマのせいで、そわそわしてしまい、写真を事務的に撮って帰ってくる。



考古遺跡『神殿の谷』(Valle dei Templi)
Tempio della Concordia
横から見る
Agrigento


Gerato
ジェラート!

車はある。窓には何も置いてないようだ。ちょっと安心、ピスタチオのジェラートを注文。店の人々は、ワールドカップをみながら客を気にする気配はない。

車にもどりトランクをあけようとすると、、、青い紙が。駐禁切符が切られていた。。。

「やられたーーーー!」


だから言ったじゃない、ちゃんとした場所に止めろ、って、このろくでなし! 世界中の警察に駐禁代をつぎ込んで! などととキャーキャーわめきながら喧嘩をしていると、この辺でたむろしているイタリアンパイゾン(お兄さん、おじさん)が、近寄ってきた。サングラスをかけたその姿は、イタリアンなぽん引き系の姿。

(パイゾン、以下P)「あんたら、駐車違反とられただろう。5日以内に払えば51ユーロ、それを過ぎたら80ユーロになるんだよ。ところであんたどこからきたの?」

(Tom、以下T)「東京、、いや、ニューヨーク」(とりあえず、嘘っぽくない方の出身地を言う)

P「だろー。そのチケットチケット、払わなくてだいじょうぶ!絶対つかまらないよ。警察も海を渡っておっかけてはこないぜ」


Keiko(えー、そんなことないと思うけど。。。レンタカー屋から連絡くるんだよ、こういうのは、、、インターポールみたいに、海を渡ってクレジットカードに請求がくるんだよ。しかも1ヶ月後とかに、すごい金額になって!)

P「で、横のお姉さんは?どこから来たの?」

まあ、ニューヨーク、という顔ではない。

T「トーキヨー」


P「あーやっぱりねー。そう思ったんだ。日本人のガールフレンド?奥さん? どっちでもいいけど、最高だよねぇ。あんた、美しい奥さんもらってラッキーだよ。おめでとう!
俺 、ペードロ。Nice to meet you!


ペドロの調子良い囃子は続く。美人な奥さんでラッキー、といわれると、え?美人の奥さん、って私のこと?え?俺ってすごいことした? と、二人とも悪い気はしない、イタリアン風もてなし。


P「今晩うちの店に来なよ。最高のビザがあるぜ。店に入ったら、ペードロの紹介できた、って言うの、忘れずに!じゃ、See you laterだぜ」


ピザ屋の使いだったのね、ペドロ。

この後、本日の最終目的地、カターニャへ。